述井庸治に

《最初の出会い》

 重盛は私のライバルだった。いやライバルと思っているのは私だけかもしれない。
私が彼を初めて知ったのは、28歳の時である。
当時、私は小さな商社に勤めていた。その会社は主にヨーロッパから製品を輸入し日本国内で販売していた。いくつかの製品があり、私の担当する製品はレゴブロック、デンマーク生まれの教育玩具である。
上司の命を受け、大阪から広島に営業所を開設。私は営業所長、といっても部下はおらず私1人だけ。営業所も2LDKのマンション。1部屋が私のプライベートルーム、他は事務所である。私の担当する地域は、中国、四国地域。この地域でレゴブロックの販売及び新規開拓を行う。大変だったが、私はその仕事に生き甲斐を感じていた。
そんな時、「東京本社にとても優秀な新人が入った」というニュースが届いた。それが「重盛」である。慶應大学を卒業後、アメリカに留学しマーケティングを学ぶ。そして日本に戻り、大手企業に就職する。しかし、そこでの仕事に満足できず我が社にやって来た。年齢は私と同じ、確か彼の方が数ヶ月私より上、しかし我が社においては私が先輩、彼は私を「述井さん」と呼び、私は彼を「重盛君」と呼んだ。
 中国、四国の次は九州、私は福岡に行き九州営業所を開設した。東京へは3か月毎に営業会議で上京する。当時重盛とは、一緒に仕事をしたというよりも、私も彼も麻雀が趣味、よく麻雀を打ち麻雀談義をした。重盛と仕事をするようになったのは、福岡に営業所を開設後、東京本社に戻った31歳の時である。
東京本社に戻った私は、重盛とライバル関係となった。

 私達の会社にはいくつかの部門があり、レゴブロックはその中の1部門、そこに2つの営業課が出来た。私達は営業課長としてそれぞれの課を任され毎月売上を競っていた。
しかし、私の課は重盛の課の数字を上回ることはなかった。出足はよくても、いつも最後はひっくり返されるのだ。
ある時、「今月は、私の課の売上が重盛の課の売上を上回る」そんな月があった。
「今日が月末30日。私の課の売上は3000万、重盛の課は2800万。やっと初めて重盛に勝つことが出来る」
私は、密かにほくそ笑んでいた。しかし、最後の集計を見てビックリ、重盛の課の売上は3050万になっていた。

 いつものように、私がオフィスにいると
「述井さん、営業もマーケティングも全てコミュニケーションだよね!」
重盛が言ってきた。彼は、コミュニケーションにおいてずば抜けた才能を持っていた。
当時、会社にはレゴブロック部門の他に4つの部門があった。重盛は、その全ての部門にネットワークを張っている。社長秘書ともよく昼食を共にしていた。彼のところにこの会社のあらゆる情報が集まってきた。
また、重盛には不思議な魅力があった。彼に情報を持っていくと、その情報を、会社を良くするために使ってくれる。そんな雰囲気を持っていた。皆、何か新しい情報が入ると彼のところに持って来た。
そして、重盛はそれらの情報を私に伝えた。
「述井さん、社長はいまこんなことを考えているよ。どうする?」など。

 ある時、私はコミュニケーションの大切さを唱える重盛に言った。
「重盛、おまえ俺のところにもネットワークを張ってるだろ。仲田だろ」
一瞬、重盛の顔が蒼ざめた。いつも冷静な重盛が僅( わず )かに動揺していた。
そして少し口ごもりながら言った。
「だ、だけどね、述井さん、俺から頼んだことはないよ」
「重盛、分かってるよ。俺は怒ってないよ」
私は、何故か怒る気にはならなかった。
「おまえから、また何か学んだような気がする」
そう言って重盛の顔を見た。
最初済まなそうな顔をしていた重盛の顔が照れくさそうな顔に変わった。そして少し嬉しそうな顔で私を見た。

 私が、東京に戻って来た時2つの営業課ができた。私の課と重盛の課である。そして課員がそれぞれ4人ずつついた。その私の4人の部下の1人が仲田、もと重盛の部下だった。
また、私達の会社は商社、メーカーと同じように私達の直接の取引先は問屋、月末になり売上を立てたい時「申し訳ないけど、支払いは翌月回しということで商品入れさせてもらえないかな?」と頼むと、たいがいは入れさせてもらえた。
課の営業会議で、私は部下たちに私の課の営業予測を発表する。その数字を仲田は、私のライバル重盛に知らせていたのだ。
毎月ドタンバで重盛に数字をひっくり返される。ふつう仲田を許せない。しかし、私は仲田が重盛にその数字を持っていく気持ちがいじらしく思えた。それ以上に重盛のもつ人間性に魅力を感じていた。

 また、私も重盛も他の部門のマネージャー達とよく衝突した。けれど、私と重盛が衝突することはほとんどなかった。
ある日、重盛が他の部門のマネージャーとぶつかり、部屋に戻って来た。まだイライラしている。
「重盛、おまえは完璧主義者だからそうなるんだ。妥協出来ないんだろう」
と私が言うと
「述井さんだってそうじゃないか」
と言い、私をみて苦笑した。
それは、何日か前に重盛が私に言った言葉だった。
私が他のマネージャーと衝突した時、彼は私に言った。
「述井さんって完璧主義者なんだよね」
「おまえだってそうじゃないか」
その時、私は彼にそう言っていたのだ。